<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>奄美　夢島Blog</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/" /><modified>2008-01-17T11:21:37+09:00</modified><tagline>奄美のフリーペーパー「奄美夢島」、奄美の観光情報サイト「夢島WEB」がお届けする最新情報ブログです。</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>奄美の風景「石敢當」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=596967" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=596967</id><issued>2008-01-17T11:12:18+09:00</issued><modified>2008-01-17T02:21:37Z</modified><created>2008-01-17T02:12:18Z</created><summary>
1609年、薩摩藩が琉球王国へ侵攻する以前。奄美は琉球王国に朝貢してた。戦後、鹿児島県に組み込まれたが、かつての名残がみられる。写真は沖縄によく見られる「石敢當」。直進する魔物がT字路に激突することを防ぐ魔除けだ。</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の風景</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/ishigantou.jpg" target="_blank"><img src="images/ishigantou.jpg.400px.jpg" width="400" height="266" alt="" class="pict" /></a><br />
1609年、薩摩藩が琉球王国へ侵攻する以前。奄美は琉球王国に朝貢してた。戦後、鹿児島県に組み込まれたが、かつての名残がみられる。写真は沖縄によく見られる「石敢當」。直進する魔物がT字路に激突することを防ぐ魔除けだ。]]></content></entry><entry><title>奄美の風景「マテリヤの滝」（大和村）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=593216" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=593216</id><issued>2008-01-13T18:46:35+09:00</issued><modified>2008-01-13T23:18:09Z</modified><created>2008-01-13T09:46:35Z</created><summary>
大和村山中。「マテリヤの滝」がある。その昔、海岸線に道がない頃、大和村と宇検村の往来に人々は険しい山道を旅した。そんな旅人の休憩所となったのが「マテリヤの滝」だ。うっそうと木々が生い茂り昼なお暗い山道だが、不思議にこの滝だけに陽が差し込み、旅人はほっ...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の風景</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/materia.jpg" width="400" height="268" alt="" class="pict" /><br />
大和村山中。「マテリヤの滝」がある。その昔、海岸線に道がない頃、大和村と宇検村の往来に人々は険しい山道を旅した。そんな旅人の休憩所となったのが「マテリヤの滝」だ。うっそうと木々が生い茂り昼なお暗い山道だが、不思議にこの滝だけに陽が差し込み、旅人はほっと息をついたという。そのためこの滝は「マ・ティダ・ヌ・コモリ」（本当に美しい太陽の滝壺）と呼ばれ、やがて「マテリヤの滝」と呼ばれるようになった。遊歩道を歩けば対岸側に出ることができるが私のようなおっさんには結構厳しい道のりだった。]]></content></entry><entry><title>奄美の風景「新川の鯉」（名瀬石橋町）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=590271" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=590271</id><issued>2008-01-10T11:08:04+09:00</issued><modified>2008-01-10T02:08:04Z</modified><created>2008-01-10T02:08:04Z</created><summary>
名瀬市街地の東を流れる新川。川沿いは静かな散歩道だ。中でも見ものなのは和光トンネルの南側。川をのぞき込んでみよう。色とりどりの大きな錦鯉が悠然と群れをなしている。</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の風景</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/shinkawa.jpg" target="_blank"><img src="images/shinkawa.jpg.400px.jpg" width="400" height="266" alt="" class="pict" /></a><br />
名瀬市街地の東を流れる新川。川沿いは静かな散歩道だ。中でも見ものなのは和光トンネルの南側。川をのぞき込んでみよう。色とりどりの大きな錦鯉が悠然と群れをなしている。]]></content></entry><entry><title>奄美の文化「泥染め」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=589746" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=589746</id><issued>2008-01-09T19:47:12+09:00</issued><modified>2008-01-09T10:47:12Z</modified><created>2008-01-09T10:47:12Z</created><summary>
奄美大島の伝統工芸、泥染め。観光の合間、手軽に体験できる。泥田にふとももまで浸かりTシャツやハンカチなどを染める。奄美の泥は鉄分を多く含み、独特な茶褐色に仕上がる。コツはキレイに染まれと願う事！（写真は「夢しぼり」にて）</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の文化</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/dorozome.jpg" target="_blank"><img src="images/dorozome.jpg.400px.jpg" width="400" height="266" alt="" class="pict" /></a><br />
奄美大島の伝統工芸、泥染め。観光の合間、手軽に体験できる。泥田にふとももまで浸かりTシャツやハンカチなどを染める。奄美の泥は鉄分を多く含み、独特な茶褐色に仕上がる。コツはキレイに染まれと願う事！（写真は「夢しぼり」にて）]]></content></entry><entry><title>奄美の伝説「マジムン伝説」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=587316" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=587316</id><issued>2008-01-07T12:35:55+09:00</issued><modified>2008-01-07T03:35:55Z</modified><created>2008-01-07T03:35:55Z</created><summary>
日本では奄美諸島、沖縄諸島にしか生息しないハブ。古来、台湾方面から北上してきたと言われている。奄美では次のような伝説が伝えられている。「昔、琉球王から薩摩藩主に珍しい生き物としてハブを献上する為に壷の中にハブを入れ輸送中、台風に遭遇し船が沈没。その壷...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の伝説</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/habu.jpg" width="400" height="265" alt="" class="pict" /><br />
日本では奄美諸島、沖縄諸島にしか生息しないハブ。古来、台湾方面から北上してきたと言われている。奄美では次のような伝説が伝えられている。「昔、琉球王から薩摩藩主に珍しい生き物としてハブを献上する為に壷の中にハブを入れ輸送中、台風に遭遇し船が沈没。その壷が奄美の枝手久島（宇検村）に漂着し奄美全土に拡がった。」迷惑な話だ。ハブはご存じのように猛毒を持つ。草むらにむやみに近づかない事が賢明だ。一方ハブは昔から健康食品や傷薬に加工され民間療法が行われていた。奄美では人とハブは共存共栄の道を歩んで来たといえる。奄美では古くからハブを「マジムン」（魔物）と呼び、ハブの革や骨を身につけると魔除けになるといい、金持ちになれるとも。そんなエピソードを添えれば、ハブ製品はセンスのいいお土産だ。（写真は「原ハブ屋奄美」にて）]]></content></entry><entry><title>奄美の風景「住用マングローブ原生林」（住用町）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=585489" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=585489</id><issued>2008-01-06T09:48:34+09:00</issued><modified>2008-01-06T00:48:34Z</modified><created>2008-01-06T00:48:34Z</created><summary>
住用マングローブ原生林は奄美大島最大。カヌーで巡るツアーは爽快そのものだ。操作の簡単な安定したカヌーだから子供から年配者まで大自然を満喫できる。マングローブは海水と淡水の混ざった水域に生息する樹木の総称で、オヒルギや、メヒルギなどを指す。根で塩分を濾...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の風景</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/manguro-bu.jpg" width="400" height="598" alt="" class="pict" /><br />
住用マングローブ原生林は奄美大島最大。カヌーで巡るツアーは爽快そのものだ。操作の簡単な安定したカヌーだから子供から年配者まで大自然を満喫できる。マングローブは海水と淡水の混ざった水域に生息する樹木の総称で、オヒルギや、メヒルギなどを指す。根で塩分を濾過し一枚の葉に集め、その葉を水面に落とすと言った生態が特徴だ。干潮時にはシオマネキや、オキナワアナジャコ、ノコギリガザミといった小動物の姿も見られる。]]></content></entry><entry><title>奄美の風景「海中道路」（名瀬小浜町）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=584730" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=584730</id><issued>2008-01-05T09:52:23+09:00</issued><modified>2008-01-05T00:52:23Z</modified><created>2008-01-05T00:52:23Z</created><summary>
空港から国道58号線を南へ。名瀬市街地へ向かう。和光トンネルへ左折せずに直進すると県道81号線に入る。山羊島トンネルを抜けると名瀬港が目前に。ここでおすすめしたいのは「海中道路」（正式名称：名瀬臨港大橋）だ。最初の信号を右折すると海上を渡る道路へ出る。南...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の風景</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/kaityuu.jpg" width="400" height="268" alt="" class="pict" /><br />
空港から国道58号線を南へ。名瀬市街地へ向かう。和光トンネルへ左折せずに直進すると県道81号線に入る。山羊島トンネルを抜けると名瀬港が目前に。ここでおすすめしたいのは「海中道路」（正式名称：名瀬臨港大橋）だ。最初の信号を右折すると海上を渡る道路へ出る。南国情緒あふれるルートだ。名瀬中心部へ直行できる便利で快適なドライブコースになっている。]]></content></entry><entry><title>奄美の風景「空中道路」（名瀬平田町）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=584266" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=584266</id><issued>2008-01-04T18:58:14+09:00</issued><modified>2008-01-06T01:14:44Z</modified><created>2008-01-04T09:58:14Z</created><summary>
名瀬市街から国道58号線をさらに南へ。県立大島病院前の信号を超えてスグを左。名瀬クリーンセンターへ向かう。目の前に巨大な建造物が現れる。「空中道路」（正式名称：道の島ループ橋）だ。山を登る道路は普通、つづら折りだがここはループ状になっている。下りは結構...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の風景</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/kuutyuudouro.jpg" width="400" height="598" alt="" class="pict" /><br />
名瀬市街から国道58号線をさらに南へ。県立大島病院前の信号を超えてスグを左。名瀬クリーンセンターへ向かう。目の前に巨大な建造物が現れる。「空中道路」（正式名称：道の島ループ橋）だ。山を登る道路は普通、つづら折りだがここはループ状になっている。下りは結構スリリング！ちょっとした絶叫マシンだ。運転にはくれぐれもご注意を。]]></content></entry><entry><title>奄美の伝説「カンツメ伝説」（宇検村）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=583362" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=583362</id><issued>2008-01-03T14:03:23+09:00</issued><modified>2008-01-03T05:11:56Z</modified><created>2008-01-03T05:03:23Z</created><summary>
その昔、宇検村の豪農に奉公する「カンツメ」という少女がいた。主人はカンツメに恋心をいだいていた。しかし、カンツメは岩加那という唄と三味線の上手な青年を好きになり、山小屋で毎夜のデートを楽しんでいた。これが主人の知るところとなり、カンツメは過酷な仕打ち...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の伝説</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/kantsume.jpg" target="_blank"><img src="images/kantsume.jpg.400px.jpg" width="400" height="299" alt="" class="pict" /></a><br />
その昔、宇検村の豪農に奉公する「カンツメ」という少女がいた。主人はカンツメに恋心をいだいていた。しかし、カンツメは岩加那という唄と三味線の上手な青年を好きになり、山小屋で毎夜のデートを楽しんでいた。これが主人の知るところとなり、カンツメは過酷な仕打ちをうける。カンツメは思い出深い山小屋で首を吊ってしまう。一方、岩加那はそうとは知らず山小屋へ。不思議な事に、カンツメはいつものように笑顔で寄り添う。その日の岩加那の唄と三味線はすばらしかった。唄い終わると、カンツメは煙のように消えてしまい、岩加那が呆然と上を見上げると、冷たくなったカンツメがぶらさがっていたという。写真は「カンツメの碑」で、今も献花が絶えない。]]></content></entry><entry><title>奄美の風景「金作原原生林」（奄美市名瀬）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=582561" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=582561</id><issued>2008-01-02T12:56:57+09:00</issued><modified>2008-01-03T04:33:52Z</modified><created>2008-01-02T03:56:57Z</created><summary>
太古の昔、奄美大島は大陸から離れ、動植物達は亜熱帯気候の中で独特な進化を遂げていった。名瀬市街地から車で約30分、「金作原（きんさくばる）原生林」がある。ここでは10メートルを超えるヒカゲヘゴやイタジイ、タブノキ、イジュといった巨大な植物群を見ることがで...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の風景</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/kinsakubaru.jpg" target="_blank"><img src="images/kinsakubaru.jpg.400px.jpg" width="400" height="268" alt="" class="pict" /></a><br />
太古の昔、奄美大島は大陸から離れ、動植物達は亜熱帯気候の中で独特な進化を遂げていった。名瀬市街地から車で約30分、「金作原（きんさくばる）原生林」がある。ここでは10メートルを超えるヒカゲヘゴやイタジイ、タブノキ、イジュといった巨大な植物群を見ることができる。その神秘的なジャングルの出で立ちは映画「ゴジラ」の舞台となったのもうなずける。歩みを進めると突然飛び立つ野鳥や、まるで森の中を先導するような蝶などにも出会える。舗装されている所までは車で訪れる事ができるが林道は狭く険しい。地元のガイドを利用する事をおすすめする。]]></content></entry><entry><title>奄美の文化「島唄」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=581965" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=581965</id><issued>2008-01-01T13:41:55+09:00</issued><modified>2008-01-03T04:33:07Z</modified><created>2008-01-01T04:41:55Z</created><summary>
奄美では「シマ」は集落の事を指す。その昔、山で遮られ、隣の集落へ舟で移動したためと考えられる。つまり、奄美の島唄は集落ごとに唄い継がれた独特な庶民の唄なのだ。島唄の唱法で特徴的なのは裏声を多用すること。これは男女が掛け合いで唄う事が多く、女性の高い声...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の文化</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/shimauta.jpg" target="_blank"><img src="images/shimauta.jpg.400px.jpg" width="400" height="268" alt="" class="pict" /></a><br />
奄美では「シマ」は集落の事を指す。その昔、山で遮られ、隣の集落へ舟で移動したためと考えられる。つまり、奄美の島唄は集落ごとに唄い継がれた独特な庶民の唄なのだ。島唄の唱法で特徴的なのは裏声を多用すること。これは男女が掛け合いで唄う事が多く、女性の高い声に男性が合わせたからといわれている。その為、伴奏に使われる三味線は沖縄の三線と違い、弦が細く、皮も薄い。高く、透明感のある唄声に合うよう高音にチューニングするからだ。本来、奄美の島唄は「唄かけ」といってその場の雰囲気に応じて男女掛け合いで唄われた。即興で唄うので、性格やセンスが問われる。だから、恋がはじまるなんて事も。今では決まった歌詞が唄われているが「節田マンカイ」に「唄かけ」の様子をうかがい知る事ができる。（写真は「奄美パーク」にて）<br />
<a href="images/settamankai.jpg" target="_blank"><img src="images/settamankai.jpg.400px.jpg" width="400" height="268" alt="" class="pict" /></a><br />
「節田マンカイ」は笠利町節田集落で旧正月前後に行われる唄遊び。町の無形文化財だ。大勢の男女が列ごとに向かいあって座り、手振りを添えて男女が掛け合いで唄う。奄美の島唄を理解するには、その歴史的背景に触れなければならない。十三世紀中頃、奄美は琉球王朝に朝貢していたが、一六〇九年、薩摩藩が奄美を経由して琉球に侵攻。奄美は砂糖生産のための奴隷の島となった。このような苦しみの中で、民衆のうめき声が島唄として残されたわけだ。]]></content></entry><entry><title>奄美の風景「ホノホシ海岸」（瀬戸内町）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=581148" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=581148</id><issued>2007-12-31T09:47:40+09:00</issued><modified>2008-01-03T04:32:48Z</modified><created>2007-12-31T00:47:40Z</created><summary>
訪れる人を一瞬、立ち止まらせる光景が拡がるホノホシ海岸。少し大きめの玉石が海岸全体を覆っている。太平洋の激しい荒波に洗われ、珍しい丸みをおびた石になった。周囲には奇岩や洞窟もある。波が押し寄せるたびに「カラコロ」と音が鳴る。その様を、奄美出身のアーチ...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の風景</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/honohoshi.jpg" target="_blank"><img src="images/honohoshi.jpg.400px.jpg" width="400" height="268" alt="" class="pict" /></a><br />
訪れる人を一瞬、立ち止まらせる光景が拡がるホノホシ海岸。少し大きめの玉石が海岸全体を覆っている。太平洋の激しい荒波に洗われ、珍しい丸みをおびた石になった。周囲には奇岩や洞窟もある。波が押し寄せるたびに「カラコロ」と音が鳴る。その様を、奄美出身のアーチスト「中（あたり）孝介」も曲の題材に取り上げている。]]></content></entry><entry><title>奄美のグルメ「鶏飯」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=580156" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=580156</id><issued>2007-12-30T09:57:10+09:00</issued><modified>2008-01-03T04:32:18Z</modified><created>2007-12-30T00:57:10Z</created><summary>
鶏飯…「とりめし」ではなく「けいはん」と読む。奄美の代表的な郷土料理だ。（写真は「鳥しん」にて）かつて奄美は薩摩藩により収奪を受けた悲しい歴史を持つ。島での食生活は厳しいものであった。そんな中、薩摩から訪れる代官にふるまったのが鶏飯だ。貴重な鶏肉と米...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美のグルメ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/keihan.jpg" target="_blank"><img src="images/keihan.jpg.400px.jpg" width="400" height="268" alt="" class="pict" /></a><br />
鶏飯…「とりめし」ではなく「けいはん」と読む。奄美の代表的な郷土料理だ。（写真は「鳥しん」にて）かつて奄美は薩摩藩により収奪を受けた悲しい歴史を持つ。島での食生活は厳しいものであった。そんな中、薩摩から訪れる代官にふるまったのが鶏飯だ。貴重な鶏肉と米を使った島最高の料理といえる。そのため鶏飯は別名「殿様料理」と呼ばれている。島民が口に出来るのはごく希であったといえる。時が流れ、今では祝い事で客に振る舞う郷土料理として引き継がれている。食べ方はとてもシンプル。固めに炊いたごはんを茶碗によそい、具をのせ、アツアツの鶏ガラベースのスープをたっぷりかけていただく。南国情緒あふれるダシ茶漬けだ。ご飯がスープを吸い過ぎないよう2〜3回にわけて食べることになるので、ご飯、具、ダシの量をバランスよく盛り付けるのがコツだ。めんどくさいむきには、あらかじめ具をのせスープをかけた手軽な「鶏飯丼」もある。農林水産省の「郷土料理百選」の人気投票で第2位を獲得。<br />
<a href="http://www.rdpc.or.jp/kyoudoryouri100/" target="_blank">http://www.rdpc.or.jp/kyoudoryouri100/</a>]]></content></entry><entry><title>奄美の伝説「霊峰 湯湾岳」（宇検村）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=579390" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=579390</id><issued>2007-12-29T11:13:34+09:00</issued><modified>2008-01-03T04:32:04Z</modified><created>2007-12-29T02:13:34Z</created><summary>
霊峰 湯湾岳「奄美開運伝説」
奄美群島最高峰湯湾岳。標高694.4メートル。「奄美開運伝説」によれば、湯湾岳は神々が降り立つ霊峰。神々は村人にその年の豊作と日々の安寧を与え未来に対する不安を払い、希望に開かれゆく村人の開運を説いたという。
「奄美島建伝説」...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の伝説</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/yuwanndake.jpg" target="_blank"><img src="images/yuwanndake.jpg.400px.jpg" width="400" height="268" alt="" class="pict" /></a><br />
霊峰 湯湾岳「奄美開運伝説」<br />
奄美群島最高峰湯湾岳。標高694.4メートル。「奄美開運伝説」によれば、湯湾岳は神々が降り立つ霊峰。神々は村人にその年の豊作と日々の安寧を与え未来に対する不安を払い、希望に開かれゆく村人の開運を説いたという。<br />
「奄美島建伝説」<br />
湯湾岳には島建て伝説が残っている。女神の阿摩弥姑（あまみこ）と男神の志仁礼久（しにれく）の二神が天空より湯湾岳に舞い降り、奄美大島を創造したという。なお、この伝説は笠利町との説もある。<br />
「湯湾大親伝説」<br />
約四百年前、琉球王国に朝貢していた頃の話。宇検村一帯を湯湾大親（ゆわんふうや）という豪族が治めていた。大親は人格も優れ、人々の信頼も強かった。ところが、他の豪族が琉球国王に「大親が反乱をおこそうとしている」と密告した。国王は討伐軍を送った。大親は反乱の意志のない事を訴えたがいれられず、「我に罪なし、我の潔癖を知るは天のみ」と言い残して自害する。その妻子は追放され、皮肉な事に琉球王国に流れ着き、その後琉球王子の養父となった。この子孫が琉球王国の要職ににつき、祖先である大親の名誉を回復。ルーツの地、湯湾岳に大親の霊を祀り石碑を建立。今も参拝を続けている。<br />
]]></content></entry><entry><title>神々と人々と-奄美の伝統行事「諸鈍シバヤ」（加計呂麻島）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=578550" /><id>http://amamiblog.yumeshima.info/?eid=578550</id><issued>2007-12-28T10:15:02+09:00</issued><modified>2008-01-03T04:31:36Z</modified><created>2007-12-28T01:15:02Z</created><summary>旧暦九月九日、瀬戸内町諸鈍集落。平資盛を祀る大屯（おおちょん）神社で伝統芸能「諸鈍シバヤ」が演じられる。

源平の戦いに敗れた平家一族は源氏の追討を逃れ奄美に渡った。そのうち資盛は加計呂麻島諸鈍に居城を構え薄幸な一生を送ったという。「諸鈍シバヤ」は、こ...</summary><author><name>yumeshima</name></author><dc:subject>奄美の行事</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[旧暦九月九日、瀬戸内町諸鈍集落。平資盛を祀る大屯（おおちょん）神社で伝統芸能「諸鈍シバヤ」が演じられる。<br />
<a href="images/sibaya_04.jpg" target="_blank"><img src="images/sibaya_04.jpg.400px.jpg" width="400" height="268" alt="" class="pict" /></a><br />
源平の戦いに敗れた平家一族は源氏の追討を逃れ奄美に渡った。そのうち資盛は加計呂麻島諸鈍に居城を構え薄幸な一生を送ったという。「諸鈍シバヤ」は、この資盛が住民との交流をのため芸能を披露したのが始まりといわれている。踊り、狂言、人形劇など十一の演目は大和文化、琉球文化の融合がみられ海の道の交流がうかがえる。演者は全て男性で女性役も男性が演じるのが特徴。開演に先立ち演者らは海岸で身を清めた後、木の枝で囲まれた楽屋へ入る。<br />
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楽屋へは演者以外の立ち入りはもちろん、中の様子をのぞいたり、撮影する事は固く禁じれれている。<br />
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独特な「紙面（カビディラ）」をかぶる神聖な場所なのだろう。翁にふんした演者が現れ、口上で各演目が始まる。<br />
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国指定重要無形民俗文化財。]]></content></entry></feed>